大阪地方裁判所堺支部 平成4年(ワ)635号 判決 1993年3月02日
原告
岡田治
ほか二名
被告
東京海上火災保険株式会社
主文
一 反訴被告は同原告岡田治、同岡田悦子に対し、それぞれ金三三〇万円及びこれに対する平成三年一一月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 反訴被告は同原告岡田睦美に対し、金二六九五万二八九四円及びこれに対する右同日から支払済まで右同割合による金員を支払え。
三 反訴原告らのその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用中、反訴原告岡田治、同岡田悦子と同被告間に生じた分はこれを五分して、その一を同原告らの負担、その余を同被告の負担とし、反訴原告岡田睦美と同被告間に生じた分は全部同被告の負担する。
五 この判決の第一、二項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一反訴原告らの請求
1 反訴原告岡田治、同岡田悦子(以下、単に原告治、同悦子という。)。
反訴被告(以下、単に被告という。)は、右原告両名に対し、それぞれ金四一八万四二一九円及びこれに対する平成四年八月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 反訴原告岡田睦美(以下、単に原告睦美という。)
被告は右原告に対し、金二六九五万二八九四円及びこれに対する昭和六二年三月二三日から支払済まで右同割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件審理の経過
本件交通事故により死亡した被害車両の運転者と負傷した同乗者でその後死亡したその妻との間の子である原告睦美(自らも同乗中負傷)と、同運転者の父母である原告治、同悦子は、平成二年三月九日同事故の加害車両の運転者和田徳幸に対し損害賠償請求の訴を提起した(当庁平成二年ワ第二四九号事件)。和田は、自家用自動車保険契約を締結していた被告に対し訴訟告知をなし、これを受けた被告は、原告らと和田を被参加人として、各自が被告に対し保険金請求権を有しないことの確認を求め、民訴法七一条の規定による当事者参加の申出をし(同年ワ第一一四三号事件)、本件事故は和田が故意に惹起したものであるから、これによる損害につき、被告には本件保険契約上の免責約款により、填補責任がないと主張した。
受訴裁判所(差戻前の当審)は、平成三年三月八日言渡の判決でもつて、原告らの和田に対する請求の各一部を認容し(相被告であつた加害車両の所有名義人に対する請求は棄却)、被告の参加申出は、民訴法七一条前段の参加申出の要件を欠き不適法であると判示して、これを却下した。この判決に対しては、被告のみが控訴した。
控訴審の大阪高等裁判所は、同三年一一月七日言渡の判決でもつて、本件参加申出が右要件を欠くとした原判決の判断は正当としたものの、通常の訴としての要件を満たしているにかかわらず、本案につき判断をせず不適法却下したのは失当であるとして、原判決中のこの部分を取り消して、これを当審に差し戻した(当庁平成四年ワ第六七号事件)。
差戻後の当審においても、被告は、原告らや和田に対し故意免責を主張して、保険金ないしは損害賠償金支払債務不存在の確認を求めていたが、原告らが被告に対し損害賠償金請求の本件反訴を提起したので、右参加申出事件の全部を取り下げた。
二 争いのない事実
1 本件交通事故の発生
(一) 日時 昭和六二年三月二二日午後八時五五分頃
(二) 場所 大阪府松原市若林町七九番地先堤防上の道路上
(三) 関係車両
(1) 亡岡田武治(以下、単に亡武治という。)運転、妻の亡靖子と原告睦美同乗の普通貨物自動車(和泉四〇も四五三二号、以下「岡田車」という。)
(2) 和田徳幸運転の普通乗用自動車(和泉五〇き八四四四号、以下「和田車」という。)
(四) 態様 岡田車が先に追い抜かれた和田車に追い付き、黄実線の中央線を越えて対向車線に出、和田車を追い越そうとしたところ、これを阻止しようとして和田車が中央線からはみだして右に寄り、両車が併進状態になつたところで、亡武治が一旦右に切つた岡田車のハンドルを左に切り返したため、両車が衝突、岡田車は左路肩から堤防下に転落した。
(五) 結果 亡武治が脳挫傷により同日午後九時二五分頃搬入先の病院で死亡、妻靖子と原告が負傷、岡田車が損傷した。
2 本件自動車保険契約
被告は、昭和六一年五月三日頃和田徳幸との間で、同人の自家用小型乗用自動車(車名・トヨタステーシヨンワゴン、登録番号・和泉五八ら四八九二)を被保険自動車とし、保険期間を昭和六一年五月三日から同六二年五月三日までとして、他車運転危険担保特約付自家用自動車保険(PAP)契約を締結し、被保険者である和田が、自ら右被保険自動車以外の自家用自動車の運転中の対人事故及び対物事故により法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害を填補する旨約した。
3 損害賠償請求権者の直接請求権
本件保険契約には、対人事故により被保険者の法律上の損害賠償責任が発生したときは、その額について被保険者と損害賠償請求権者との間で判決が確定したときその他一定の場合に、損害賠償請求権者は被告に対し、被告が被保険者に対して填補責任を負う限度(一億円)で、損害賠償額(被保険者が負担する法律上の損害賠償責任の額から自賠責保険等によつて支払われる金額及び被保険者の既払損害賠償金の額を控除した額)の支払を請求することができる、との約款がある(PAP約款第六条)。
4 和田の原告らに対する損害賠償責任額の判決による確定
原告睦美は、本件事故で死亡した亡武治と同事故で負傷し、約八箇月後に自殺した武治の妻靖子間の子で、両名の唯一の相続人であり、自らも本件事故で傷害(軽傷)を負つた。
原告治、同悦子は、亡武治の父母である。
原告らは、和田に対し本件事故による損害賠償(原告治、同悦子は固有の損害の賠償、原告睦美は、父母から相続により請求権を承継取得した損害及び固有の損害の賠償)請求の訴を当庁に提起し、これには平成三年五月八日各自の請求の一部を認容する一審判決があつて、この判決は同三年一一月二三日確定した(その経緯は前述のとおり)。この判決では、本件事故についての和田と亡武治の過失割合は、和田六、亡武治四とされ、和田は原告らに対し各自の損害の六割を賠償すべき責任があるとして、次のとおり和田が各原告に支払うべき金額が算定されている。
(一) 和田が原告治、同悦子に対し支払うべき金額
各自につき、それぞれ慰謝料三〇〇万円(五〇〇万円の六割)と弁護士費用三〇万円の合計金三三〇万円及びこれに対する事故の翌日である昭和六二年三月二三日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金
(二) 和田が原告睦美に対し支払うべき金額
1亡武治から相続した損害賠償請求権金二三八八万〇七三四円、2亡靖子から相続した同請求権金五三万三二五六円、3同原告固有の損害の賠償金三万八九〇四円、4弁護士費用二五〇万円の合計金二六九五万二八九四円及びこれに対する右同日から支払済まで右同割合による遅延損害金
(1) 亡武治からの相続分内訳
<1>治療費一万七二〇〇円、<2>逸失利益五六二一万一一四一円、<3>慰謝料一八〇〇万円、<4>物損(岡田車が大破し廃車となつたことによる損害)五九万八七五〇円、以上合計金七四八二万七〇九一円の六割相当金四四八九万六二五四円から自賠責保険からの支払金二〇〇一万五五二〇円と和田の支払金一〇〇万円を控除した残額
(2) 亡靖子からの相続分内訳
<1>治療費八万八七六〇円、<2>亡武治の葬祭費用七〇万円、<3>慰謝料一〇万円、以上合計金八八万八七六〇円の六割相当金
(3) 原告睦美固有の損害分
<1>治療費一万四八四〇円、<2>慰謝料五万円の合計金六万四八四〇円の六割相当金
5 本件保険契約上の免責約款
本件保険契約には、保険契約者若しくは被保険者の故意によつて生じた損害については、被告は填補責任に任じないとの約款がある(PAP約款第七条一項一号)。
三 主たる争点
本件事故による原告らの損害に、右免責約款が適用されるか。
即ち、本件事故は、本件保険契約の契約者兼被保険者である和田の故意により惹起されたものと認められるか。
四 右についての被告の主張
右免責約款の故意には、未必の故意も含まれ、本件事故は、和田の確定的若しくは未必の故意により惹起されたものである。
即ち、本件事故は、岡田車が追越禁止の黄センターラインを越えて和田車に追越をかけた際、和田が、故意にこれを妨害し、危険な状態を発生させて、岡田車が路外に逸脱して堤防の法面から転落するか、和田車に衝突するかも知れない事故が発生することを十分に認識しながら、時速六、七〇キロメートルで追越をかけている岡田車が和田車の〇・二、三メートルの至近距離に近付いて併走しかけたときに(この点は、和田も差戻後の当審での本人尋問において認めている。)ウインカーも出さずに急にハンドルを右に切つて、センターラインを越え岡田車の直前に出たために惹起されたものである。およそ運転免許をもつドライバーであれば、かかる危険な急転把を故意に行えば、高速で追越をかけている車は接触ないしは追突するか、運転者が驚愕し、慌てて右に左に急ハンドルを切る等の異常な運転をして、事故が発生することは容易に認識しえた筈である。しかるに和田は、これを承知の上で、立腹と復讐、仕返しのため、敢えてこれを狙つて、故意に追越車に危険な事態を惹起させ、もつて本件事故に至らせたのであり、同人には、事故惹起の確定的故意があつたか、少なくとも未必の故意はあつた。
和田の本件事故に至るまでの行動は、次のとおりである。
<1>当夜は日頃になく多量のビールを飲んで飲酒運転中で、心理的には攻撃的、感情的になつていた。<2>岡田車が速やかに追越をさせなかつたことに立腹し、これに復讐ないし仕返しをする意図でもつて、同車を追い抜いて後、殊更に低速のノロノロ運転をして、岡田車が追い付くのを待ち、同車が追越をかけてくれば、ウインカーを出さず不意に右側に出て妨害しようと考えていた。<3>岡田車が追越のため対向車線を速度を上げて進行してきたとき、右に述べた事故の発生を認識しながら、敢えてこれを狙つて、至近距離に近付いたところで、復讐ないしは仕返しの意図のみをもつて、故意に自車の速度を上げてハンドルを急に右に切り、はみだし禁止の中央線の右側に進出させた。<4>これにより亡岡田を驚愕させて、同人の瞬間的ハンドル操作を誤らせて、岡田車のハンドルを右に切らせ、路外逸脱回避のため更に左に切らせて、和田車と衝突させ、岡田車を路外に転落させて、亡武治らの殺傷の結果を惹起させた。
五 右についての原告らの反論
本件事故につき、和田には未必の故意もなかつた。
当時和田が考えていたことは、岡田車の追越を中止させるということのみであつて、岡田車が和田車に衝突したり路外に転落するなどということは、全く予想外のことであつた。和田としては、単に岡田車を牽制するために自車を右に寄せたのであり、亡武治がブレーキを踏むと思つていたところ、予期に反して岡田車のハンドル操作を誤り、咄嗟にハンドルを右、左へと切つたために、同車が和田車に衝突し、転落した。本件事故につき、和田には未必の故意もなかつたので、刑事事件も業務上過失致死事件として処理されている。
和田が追越をかけて来る岡田車を認めてから、岡田車に衝突されるまでには、僅か二、三秒しかない。アツト言う間の出来事である。和田車が右に車を寄せ始めた時点では、岡田車は五メートル以上後方にいた。和田としては、五メートル以上後方の岡田車に追越を断念させよう、ブレーキを踏ませようと思つて、自車を右に寄せたところ、僅か二秒程の間に両車が接近してしまつたわけである。しかも和田は、〇・五メートルまで中央線から出ただけであり、それ以上右に寄ろうとしたわけではない。和田は、被告指摘の本人尋問中でも、両車が最も接近したときの距離が〇・二、三メートルであつたと供述しているが、岡田車がそのような至近距離にあつたときにハンドルを右に切つたなどとは供述していない。当時の両車の速度は、岡田車の方が一〇キロメートル程速かつたから、和田が、岡田車が被告主張のように接近した時点で、和田車のハンドルを右に切つていれば、その時点で岡田車が和田車に衝突している筈である。
第三当裁判所の判断
一 甲第一号証の一、二(取寄の刑事一審記録)、取下前の本訴被告和田徳幸本人尋問の結果(差戻前及び差戻後)によれば、次の事実が認められる。
本件事故現場は、東西に延びる大和川南側堤防上道路(府道堺羽曳野線)上で、堤防の法面を経て北側は大和川、南側は落掘川の各河川敷になつている。堤防の高さ約八メートル。道路全幅員約五・八メートル、道路の南端からそれぞれ約〇・二メートルのところに外側線が引かれ、その内側の東行道路幅員約二・八メートル、西行同幅員同二・六メートル、外側は約〇・一五メートル高くなつた雑草の生えた路肩になつていて、ガードレールのような転落防止設備はない。最高制限速度四〇キロメートル毎時、終日追越のための右側部分はみだし禁止の交通規制があり、黄実線の中央線が引かれている。アスフアルト舗装の直線コースで、見通しは良好であるが、夜間の照明設備はなく、事故当夜は小雨模様であつた。
岡田車(六一年式ダイハツミラー、車長三・一九、車幅一・三九、車高一・四一メートル、左右の窓ガラスに黒いフイルム貼付)は、亡武治(当時二三歳)が妻子を助手席に同乗させて、ドライブ中であつたもの、和田車(五〇年式マツダシヤンテGL、車長二・九九、車幅、車高共に一・二九メートル)は、修理業者の元に廃車に出されていたものを、和田徳幸(当時二七歳)が車検入した車の代車として無償で借り受け、一週間程前から使用していたものであり、和田は、当夜出先で飲酒し酒気帯状態で(事故直後の検査で、アルコール呼気一リツトル中〇・三ミリグラム)、一人同車を運転して帰路についていた。
両車共大和川の大正橋の南詰で右折して本件道路に入り、これを西行していたものであるが、先行の岡田車が時速三〇ないし四〇キロメートル程度の速度で進行していたところに、時速五〇キロメートル程度で進行して来た後続の和田車が追い付き、岡田車のすぐ後ろを追尾し、道を譲らせて前に出た。亡武治は、当初和田車に追尾されても、容易に自車の速度を上げず、道を譲ろうともせず、和田を苛立たせていたが、業を煮やした和田にパツシングをされて、私有地への出入口に接続する箇所で、自車を道路左端に寄せて停め、和田車に追い抜かせた。しかし同人は、その後自車の速度を上げて和田車を追い、これに追い付いてすぐ後に追尾した。和田は、岡田車が道を譲るまでの同車の運転態度に憤慨していたので、岡田車に追い付かれたことを知るや、仕返しのため今度は和田車の速度を三〇ないし四〇キロメートル程度に落として走行させ、岡田車が追越をかけてくればこれを妨害しようと考えていた。やがて亡武治は、はみ出し禁止の黄実線の中央線を越えて、岡田車を対向車線に出し、加速して和田車の追越にかかり、これを見た和田は、この追越を阻止しようとして、時速六〇キロメートル程度に加速しながら、自車を右に寄せて、その車体を〇・五メートル程度中央線からはみ出させた。これに対応して、亡武治はハンドルを右に切つて自車を右に寄せ、岡田車は右側車輪が右側路肩に乗り上げたような状態で一一、二メートル進行し(右側路肩の轍の跡約一一・四メートル)、右のとおり車体の一部を中央線からはみ出させて進行する和田車と併進状態になつた。この折りの岡田車の速度は、時速七〇キロメートル程度であつたと推認される。対向車はなかつた。すると亡武治は、岡田車のハンドルを大きく左に切つて、和田車の前に出ようとし、驚いた和田が和田車に急制動をかけ、ハンドルを左に切つたが及ばず、岡田車の左側ドアの当たりと和田車の右前部が衝突した。岡田車は、そのまま左斜前方に滑走して、四〇キロメートル余り西方の堤防下(河川敷)に転落し、横転して大破した。亡武治は、車外に投げ出され(運転中座席ベルトを装着していなかつた。)、意識不明のまま病院に搬入されて、間もなく死亡し、助手席の妻靖子は、全身打撲、左下腿挫創等の傷害を受け、助手席で靖子に抱かれていた原告(当時三歳)も軽傷(左足背擦過傷)を負つた。和田車は、急制動によるスリツプ痕を残しながら左斜め前方に進み、左路肩にあつた道路標識に当たつて路外に落ち、堤防の法面の中腹で停まつた。和田の側では、車両に岡田車との衝突により生じたものと思われる右前フエンダーや前部バンパーの右角部から右側ドアの下部辺りにかけての凹損や曲損、擦過痕などの軽微な損傷が出たが、特段の人損はない。
和田は、事故直後現場で警察官に酒気帯運転で現行犯逮捕され、その後傷害致死・傷害の故意犯の被疑事実で捜査を受け、自車を故意に岡田車に衝突させたとか、岡田車を堤防下に転落させようとしたといつた確定的故意の犯意を認めたものから、岡田車との衝突も、同車の転落もしかたがないとの認識の下に、追越妨害の挙に出たとの未必の故意の犯意を認めたものまで、犯意を認めた調書が何通か作成されたが、結局業務上過失致死傷の罪で起訴され、同罪で懲役一年保護観察付執行猶予五年の刑の言渡を受け、これが確定した。
二 本件事故の直接の原因は、和田車に中央線を越えて幅寄せされた亡武治が、岡田車を右路肩一杯に寄せた後、ハンドルを左に切り返して和田車の前に出ようとした際、速度を出し過ぎていた上、ハンドルを左に大きく切り過ぎる誤操作をしたことにあると考えられる。本件のような堤防上の道路で、しかもはみ出し禁止の道路表示の黄実線の引かれた箇所で、右側車線を走行して、制限速度四〇キロメートルを遥かに超過する七〇キロメートルもの高速で先行車の追越をしようとした亡武治の行為は、それ自体極めて危険な違法行為であるが、かかる危険な追越の挙に出ている車両に対し、中央線を越えて車の幅寄せをした和田の行為も、追越車の運転者のハンドル操作を誤らせる虞れのある危険な行為であつたと言わざるを得ない。しかしながら、和田が右のような行為に出た意図は、専ら右のような亡武治の追越行為の阻止にあつたのであり、亡武治としては、元々危険な違法行為に出ているのであるから、和田から右のような妨害行為を受けた段階で、その違法な追越行為の継続を断念して、ブレーキを踏むなどして自車の速度を落としていれば、本件のような事故には至らなかつた筈である。右妨害行為に出るまでの両車両の走行状況やその後の和田車の走行状況(〇・五メートル程中央線からはみ出して岡田車と併進しただけであり、その右側には外側線との間に二・三メートル程の間隔があつた。)、更には和田車が岡田車よりも小さい、廃車に出されていたような車(ポンコツ車)であつたこと、和田が特段粗暴な性格の持主であつたとも認められないこと(岡田車を追い抜く際も、対向車線に出ず、道を譲らせて左側車線を走行している。)などからみれば、和田に、自車を岡田車に衝突させたり、同車を路肩に追い詰めて転落させようとしたというような故意の認められないことは明らかであるし、亡武治が右のような和田の妨害を受けても、なお高速での追越行為を継続した上で、ハンドル操作を誤り、右側路肩から転落するか、或は本件でのように左側に大きくハンドルを切り過ぎて、和田車に衝突したり、左側路肩から転落したりするといつた虞れがあると認識しながら、敢えてこれを容認して右のような妨害行為に出たとも認め難い。
その他本件全証拠によるも、本件事故は、未必の故意をも含めた意味での和田の故意によつて惹起されたとは認め難く、この点での被告の主張(抗弁)は、理由がない。
三 そうすると、原告らは、本件事故により蒙つた人的損害につき、和田との間で確定した判決で認容された額の限度で、被告に対し直接賠償請求をなし得る(物的損害についても、和田の請求し得る保険金を同人に代位して、被告に対し請求し得る。)ことになり、被告は、原告らに対し、前示判決により認容された次の金員の支払義務がある。
1 原告治、同悦子に対し、それぞれ慰謝料と弁護士費用の合計金三三〇万円及びこれに対する右判決確定の翌日である平成三年一一月二四日から支払済まで民法所定利率年五分の割合による遅延損害金
2 原告睦美に対し、亡武治から相続した賠償請求権二三八九万六二五四円、亡靖子から相続した賠償請求権八八万八七六〇円、同原告固有の損害六万四八四〇円に弁護士費用を加算した合計金二六九五万二八九四円及びこれに対する右同日から支払済まで右同割合による遅延損害金
右原告が亡武治から相続した損害賠償請求権には、元は車の損傷による物的損害金三五万九二五〇円が含まれていたが、これは右判決において控除された和田の支払金一〇〇万円により填補されたと解し得るので、右判決認容の損害金残額全額を人的損害と認める。
四 原告らは、右認定金額の外に、右判決により認容された損害賠償金残額に対する本件事故の翌日から支払済までの民法所定利率による遅延損害金をも被告に対し直接請求しており、特に原告治、同悦子は、事故の翌日から平成四年七月三一日までの右遅延損害金額を八八万四二一九円と算定して、この金額を本来の損害賠償金額に加算し、この遅延損害金額に対しても平成四年八月一日から支払済までの遅延損害金を請求しているのであるが、被告が本件保険契約上の約款(PAP約款六条)により直接損害賠償請求権者に対し支払義務を負う損害賠償金額には、被保険者の負担するに至つた遅延損害金までが含まれるとは解し難く、被告は、原告らに対し、本件判決により確定された本件の対人事故による損害金残額とこれに対する判決確定の翌日から支払済までの遅延損害金の支払義務を負うに過ぎないと解する。
そうすると、原告らの請求は、被告に対し右認定の金員(対人事故の損害賠償金及びこれに対する判決確定の翌日以降の遅延損害金)の支払を認める限度では理由があるので認容し、その余の部分は理由がないので棄却する。
よつて、訴訟費用の負担につき民訴法九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大月妙子)